- 2024年8月30日
- 2024年9月3日
手根管症候群(Carpal Tunnel Syndrome:CTS)
最近手がしびれる
明け方になると手の痛みがつよくなる
手に力が入りにくくなってきた
今回は中高年女性に多い手根管症候群の原因、症状、治療方法、手術適応などについても詳しく解説します。
目次
手根管症候群とは
手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん、英: Carpal Tunnel Syndrome)とは、手のひらの下にある「手根管」と呼ばれるトンネル状の部分で、正中神経が圧迫される病気です。
手根管は、手首の手のひら側にある、骨(手根骨)と屈筋支帯や靱帯(横手根靭帯)で形成された狭いトンネルです。このトンネルの中には正中神経とともに、指の屈筋腱が通っていますが、手根管のスペースは非常に狭く、腫れや炎症が起こると簡単に神経が圧迫されてしまいます。
この正中神経が手根管で圧迫されることで、手や指に痛み、しびれ、または力が入らないなどの症状が現れます。
手の神経
手には主に①正中神経②橈骨神経③尺骨神経 の3つの神経が首から腕を通って走っていますが、手根管症候群はその中の正中神経が圧迫される病気です。
神経は筋肉に命令をする「運動神経」、触られている感覚などを伝える「感覚神経」にわかれます。手根管症候群では圧迫によって、正中神経の運動神経と感覚神経の両方が障害されるので、運動神経障害(筋力低下)と感覚神経障害(しびれや感覚異常)の両方が起こります。
正中神経の働き
正中神経の走行
手根管症候群の原因となる神経である正中神経は、頭から首、肩、上腕を伝って指先まで神経がのびていきますが、運動と感覚を支配する神経の枝を出しながら指先まで伸びていきます。
首に近いところから順番に
- ①筋枝(運動枝
- ②前骨間神経
- ③掌枝(感覚枝)
- ④母指球筋枝
- ⑤指神経(感覚枝)
と枝分かれしていきます。手根管症候群では正中神経の④母指球筋枝 ⑤指神経(感覚枝)が圧迫されることで症状がでます。
正中神経の感覚
正中神経は①手の掌側(手のひら側)の親指、人差し指、中指、薬指の一部(親指側)と②手の背側(手の甲側)の親指、人差し指、中指の先端の感覚を脳に伝える働きがありますが、手根管症候群では親指―薬指の半分のしびれがでます(⑤指神経の障害)。一方母指球(親指の付け根)のしびれ(③掌枝の障害)はないことが特徴です。
正中神経の運動
正中神経の運動神経は①ドアノブを時計回りに動かす動き②手首と第2.3指を曲げる動き③親指を曲げたり外に開く動き を担う筋肉を支配する神経ですが、手根管症候群はこの中で④親指を曲げたり外に開く動きの筋力が落ちるのが特徴です。これは手根管の中で正中神経の母指球筋枝(母指球筋(短母指外転筋 、短母指屈筋 、母指対立筋)、第1・第2虫様筋 を支配する神経)が圧迫されるためです。母指球筋がやせると猿手といわれる特徴的な手の形になります。
そのため、他の筋力の低下などがある場合は、他の病気(前骨間神経麻痺や回内筋症候群、頚椎症性神経根症など)を疑う必要があります。
下の記事で正中神経の障害が起こる他の病気や、手根管症候群と似たしびれが出る神経根症との区別の仕方を書いていますので、良ければご確認ください。(かなりマニアックな内容です🏋️)
手根管症候群の特徴 / 症状
手根管症候群になると、特徴的な症状が出ます。これらが複数当てはまれば手根管症候群の可能性が高くなります。
特徴
- しびれや痛みは夜間から朝方に強くなる
- 徐々に進行する(まれに急激に出現することもあり)
- 自転車や車の運転、編物などの手を使う作業で症状がわるくなる
- 手を振ると少し楽になる
症状
- 親指から薬指の半分のしびれや感覚低下がある
- 握力が落ちる
- 親指の付け根の筋肉(母指球筋)が萎縮する
- 親指を使う作業がしにくくなる
- 細かい作業がしずらくなる(ボタンをかけたり、小銭を摘まめない)
- OKサインを作れない
- 手がむくんだり、冷感がある
手根管症候群の初期は指先のしびれ(示指ー薬指半分)から出て、進行すると筋力低下や筋肉の萎縮が起こってきます。
手根管症候群はどんな人に多い
手根管症候群は以下のようなひとに多いです。
- 50歳以上の女性 : 更年期には女性ホルモンの分泌が低下し、腱や関節に炎症がおこることで滑膜(かつまく)が増え、神経を圧迫します。
- 長時間同じ手の動作を繰り返し、手をよく使う人(タイピングや機械操作など): 使い痛みによる炎症で起こります。
- 手首の骨折や怪我をしたことがある人 : 骨折後の骨の変形により、手根管が狭くなり起こります。また、高齢の方に多い橈骨遠位端骨折の手術後の合併症でなる場合があります。
- 関節リウマチや糖尿病などの持病がある人 : 炎症や滑膜炎により起こりやすくなります。
- 透析をしている人 : アミロイドという物質が手根管内に沈着することで起こります。
手根管症候群の所見
手根管症候群の特徴が当てはまる人で、手根管症候群を疑った場合などに検査します。
身体所見
- ①ティネル徴候(Tinel sign) : 手根管の上(手首の掌側)を軽く叩くと、親指-環指半分に沿ってしびれや痛みが生じれば陽性
- ②ファーレンテスト(Phalen Test) : 手首を90度屈曲させて両手を合わせた状態(祈るポーズの逆)で30秒~1分間保持し、親指-環指半分のしびれが出る又は増悪すれば陽性
- ③Ring Finger Split Sign : 薬指の感覚は2つの神経(正中神経:薬指の親指側 と 尺骨神経:薬指の小指側)によって支配されているため、薬指(ring finger)の感覚が左右で異なること
- ④母指球の萎縮 : 親指の付け根の筋肉が萎縮し、母指の外転(外に開く力)やピンチ力(つまむ力)が低下する。見た目が猿の手に見えることから猿手といわれることもある。
- ⑤Perfect O Sign : 重症の手根管症候群では、母指球筋の筋力が低下し、母指の対立(つまむ形)ができず、親指と人差し指で完璧な「O」の形がつくれなくなる。
- ⑥Durkan’s Compression Test :手首の手根管部分に直接圧力を加えると親指-環指半分のしびれが出ると陽性
上記のうち、複数当てはまれば手根管症候群の可能性が高まります。
手根管症候群の検査
検査では主にしたの四つの検査を行い、受傷度や原因を検索します。
- 神経伝導検査(Nerve Conduction Studies, NCS)
- 超音波検査
- レントゲン/CT検査
- MRI検査
①神経伝導検査(Nerve Conduction Studies, NCS)
手根管症候群の診断や重症度を評価するために行われる一般的な検査で、電極を皮膚に貼り付け、神経に微弱な電気刺激を与えてその反応を測定します。手根管の手前から電気を流し、手根管を出た後の電気伝導の時間や振幅を検査します。
検査所見
- 神経伝導速度(Nerve Conduction Velocity, NCV) 電気信号が神経を通って伝わる速度を計測し、伝導速度が低下している場合、手根管内での神経圧迫や損傷が疑われます。
- 遠位潜時(Distal Latency)神経に刺激を与えた後、応答が現れるまでの時間です。手根管症候群では、正中神経の遠位潜時が延長することが多いです
- CMAP(Compound Muscle Action Potential) 電気刺激によって引き起こされる筋肉の反応を記録したものです。CMAPの振幅が低下している場合、正中神経が損傷されている可能性があります。
- SNAP(Sensory Nerve Action Potential)感覚神経の反応を記録します。正中神経の感覚神経の応答が低下していると、手根管症候群により感覚神経が影響を受けている可能性があります。
手根管症候群など、神経の圧迫がある場合
- 神経の電気伝導速度が落ちる(伝導速度が50m/S以下)
- 神経の信号伝達量が落ちる(CMAPやSMAPの振幅(Amplitude)が5mV以下)
などの変化起きてきます。神経伝導速度や振幅は個人差があるので、問題の無い方の手(健側)や他の正常な神経と比較を行い評価します。
②超音波検査
超音波検査(エコー検査)は非侵的に、正中神経やその周囲の組織の状態をリアルタイムで観察でき、神経の圧迫の程度から手根管症候群の診断や重症度の評価にも用いられるようになってきています。手根管症候群のエコー所見としては以下のようなものがあります。
検査所見
- 正中神経の形状変化 正中神経が手根管内で圧迫されると、絞扼部分では「扁平化」や「砂時計型」(絞扼部分が細くなる)の形状を示します。また絞扼部位の遠位では神経が腫れて太くなることがあります。正中神経の断面積が10 mm²を超えると異常とされ、手根管症候群が疑われます。
- 圧迫の原因の確認 腱の肥厚や、滑膜の増生、ガングリオン(腱鞘嚢腫)で正中神経の圧迫の有無を確認します。
- 血流評価 正中神経や周囲に血流の増加が見られる場合、炎症や神経の圧迫を疑います。
③MRI検査
MRI検査は高い解像度で軟部組織を描出でき非常に有用です。正中神経の肥厚(腫脹)の有無の確認、神経の炎症や圧迫の有無、骨や腱の肥厚、ガングリオンなどの有無など手根管症候群の原因の特定や診断に利用されます。
④レントゲン / CT検査
骨の異常や変形が関与が疑われる場合、具体的には手首や手根骨の変形、骨折後の癒合不全、骨棘の有無などを確認します。手根管撮影というレントゲンの取り方が有用です。
手根管症候群の治療方法
手根管症候群の治療には、保存療法と手術療法があります。症例の重症度や患者さんの状況に応じて治療法を選択します。
保存療法
症状や筋力低下、検査所見から軽度ー中程度の手根管症候群の方にまず行う治療です。
- 手関節の安静と固定 リストスプリント(手首サポーター)を装着します。手首の曲げ伸ばしによる神経の炎症や圧迫を防ぎ、症状の悪化を防ぎます。
- リハビリ/理学療法 手や指のストレッチや強化運動を行うことで、症状を緩和します。
- 鎮痛剤の内服 痛みやを抑えるためにNSAID(ロキソニンなど)や神経障害性疼痛(しびれなどの痛み)に有効なリリカなどを用います。
- ステロイド注射 手根管内にステロイドを注射することで、圧迫の原因となる滑膜の炎症や痛みを抑えます。
- 温熱療法
手術療法
保存加療をおこなっても症状が改善しない場合や、神経圧迫が重度の場合などに手術が行われます。
手術が必要になる場合
- 保守的治療が効果を示さない場合 しびれや痛みが数ヶ月間持続し、装具(スプリント)、ステロイド注射、物理療法、内服治療などで改善が見られない場合
- 重度の神経圧迫が認められる場合
- 筋力の低下や手の筋肉の萎縮(特に親指の母指球筋の萎縮)が進行している場合
- 握力低下、物を頻繁に落とす、ボタンをかける動作ができないなど、日常生活に支障をきたすほどの症状がある場合
- 正中神経の神経伝導検査や筋電図検査で、正中神経の機能低下が顕著である場合
- 強い感覚障害(しびれや痛み)などが持続する場合
- しびれや痛みが慢性化し、しびれが頻繁に発生する場合。
- 手の感覚が低下(感覚の鈍さ、指の先がうまく感じられないなど)が出現している場合。
他にも総合的に判断されて手術適応になることもあります。
稀なケースですが、橈骨遠位端骨折(手首の骨の骨折)などの骨折や月状骨周囲脱臼などの脱臼、手関節周囲の手術後などに内出血や腫れの影響で正中神経が急激に圧迫される場合があります。重篤な症状が急速に進行する場合、早急な手術が必要になる場合もあります。
手根管症候群の手術方法
手根管症候群の手術方法には主に3種類あります。
- 直視下手根管開放術(open carpal tunnel release:OCTR)
- 内視鏡的手根管開放術(endoscopic carpal tunnel release:ECTR)
- 母指対立再建術(腱移行術)
直視下手根管開放術(open carpal tunnel release:OCTR)と内視鏡的手根管開放術(endoscopic carpal tunnel release:ECTR)は手根管の原因となって横手根靭帯を切ることで、手根管での正中神経の圧迫をとることで、症状の改善を図る手術方法です。
一方で、母指対立再建術は他の腱をつなぎ合わせることで母指の機能を改善させる方法です。
それぞれにメリットデメリットがあります。
直視下手根管開放術(open carpal tunnel release:OCTR)
現在ある手術方法の中で最も一般的な方法で、手首に約3〜5cmの切開を行い、手根管症候群の原因となる横手根靭帯(おうしゅこんじんたい)を切離して、手根管の圧力を軽減します。手術としては通常30分前後の手術時間です。
- 利点
- 視認性: 手術部位を直接見ることができるため、靭帯の切開が確実に行える。
- 適用範囲: 重度の手根管症候群や、内視鏡下手術が適さない場合でも使用可能。
- 伝統的な術式: 長年使用されているため、術者が慣れている場合が多い
- 欠点
- 切開部の大きさ: 手のひらに比較的大きな切開が必要で、傷が大きくなる。
- 回復時間: 傷が大きいため、術後の回復に時間がかかることがある。
- 疼痛: 手のひらに傷が残るため、術後の痛みが強い場合がある。
内視鏡的手根管開放術(endoscopic carpal tunnel release:ECTR)
手首や掌に小さな切開を2ヶ所入れ、内視鏡(カメラ)を使用しながら内部を確認し靭帯を切断します。内視鏡を使用することで、皮膚や筋肉の損傷を最小限に抑えることで早期の回復を期待します。
- 利点
- 傷が小さい: 切開部が小さいため、傷跡が目立ちにくく、術後の痛みも軽減されることが多い。
- 回復が早い: 組織へのダメージが少ないため、術後の回復が比較的早い。日常生活や仕事に早く復帰できる可能性が上がる。
- 欠点
- 技術的難易度: 内視鏡の技術が必要であり、外科医の経験が結果に大きく影響する。
- 神経や血管へのリスク: 視野が限られるため、神経や血管への損傷のリスクがに高いとされる。
- 適用範囲の制限: 重度の症例や解剖学的に難しいケースでは、適用が難しい場合がある。
OCTRとECTRを比較した論文はさまざまありますが、それぞれメリットデメリットがあり、主治医が慣れた術式で行われることが多いです。
母指対立再建術(腱移行術)
重症の手根管症候群で母指球筋の麻痺が重度の場合、手根管での神経の圧迫を解除しても親指が他の指と向かい合い、物をつかんだり持ったりする指の動き(対立運動)が改善しないことがあります。日常生活に大きな支障がでるので、他の腱を移動させ、母指の動きを再建します。利用される腱としては、長掌筋,浅指屈筋,小指又は示指伸筋,手根伸筋などがあります。長掌筋を利用したCamitz法という方法が代表的です。
まとめ
今回は手根管症候群の検査方法や所見、治療方法のメリットデメリットについて解説させていただきました。早期の診断と適切な治療が重要で、保存加療や手術加療によって症状の改善が期待できます。手のしびれや痛み、力が入りにくいなど違和感を感じたら、早めに専門医の診察を受けるよう心がけましょう。
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